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福岡高等裁判所宮崎支部 昭和55年(う)51号 判決

被告人 永松婦美子

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中一〇〇日を原判決の本刑(懲役刑)に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人池田が提出した控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用し、これに対し次のとおり判断する。

一  控訴趣意第一点(理由不備等の主張)について。

所論は要するに、原判決の罪となるべき事実の骨子は「被告人は、その情を知りながら、売春を行なう場所を提供することを業とした。」というもので、売春防止法一一条の一項と二項との混合形体であるから、原判決がこれに同条二項を適用したのは刑訴法三七八条四号該当ないし法令適用の誤りの違法があるというのである。

しかしながら売春防止法一一条一項と二項の関係は、前者の処罰対象が売春を助長する単純な場所提供者であるのに対し、後者はこれを業とした者という点で差異があるのであつて、原判決の「その情を知りながら」との判示は、業として売春の場所提供をなした被告人の故意を判示したもので、原判示の「罪となるべき事実」及び「法令の適用」からみれば、原判決は被告人が同法一一条二項に規定する「売春を行なう場所を提供することを業とした者」に当たるとして右法条を適用していることが明らかである。従つて原判決には所論のような違法の瑕疵はない。論旨は理由がない。

二  同第二点(刑訴法三七八条四号前段該当の主張)について。

所論は原判決別表番号2表示の売春婦増田聡子の売春の相手客数及び回数の認定事実を裏付けるに足る証拠はないというのであるが、原判決の挙示する証拠中、増田聡子の司法警察員及び検察官に対する各供述調書によれば、原判示の右事実を肯認することができる。論旨は採用できない。

三  同第三点(法令適用の誤り等の主張)について。

所論は原判決別表番号4表示の大山セチ子について白川幸雄との間で性交はないから、原判決には売春の解釈の誤りに起因する法令適用の誤りないし事実の誤認がある、というのである。

そこで検討するに原判示の証拠中、大山セチ子、白川幸雄の司法警察員に対する各供述調書(前者は抄本)によれば、右両者間においては性交開始の直前に警察の手入れがあり、現実に性交に至らなかつたことが認められる。しかしながら売春防止法一一条の規定は、売春を助長するおそれのある行為のうち、もつとも行われ易い場所の提供を処罰することを目的とした規定であるから、場所の提供があつた以上、その場所の提供を受けた者が実際にその場所で売春行為をしたかどうかは本罪の成否にはかかわりがないものと解すべきである。従つて原判決には所論のような事実誤認ないし法令適用の誤りはない。論旨は理由がない。

四  同第四点(訴訟手続の法令違反の主張)について。

所論は、原審公判廷における検察官による、堀登美子、吉留初美、大山セチ子、岩崎恵美子の各供述調書の取調請求につき、弁護人は当初の一部不同意の意見を後に撤回し、その部分についても証拠決定がなされ取調べられているところ、右書類が裁判所に提出された痕跡がないから、これは証拠調を終つた証拠書類の提出を規定した刑訴法三一〇条に違反する、というのである。

そこで原審記録を検討するに、証拠等関係カードの記載によれば、所論指摘の堀登美子ほか三名の各供述調書は、原審第二回公判廷において、弁護人の同意部分についてのみ取調がなされ、不同意部分は検察官において証拠請求を徹回した結果、右取調にかかる部分についてのみ右供述調書の各抄本が提出され記録に編綴されていることが明らかである。所論は右カードの読み誤りと思われる。論旨は理由がない。

五  同第五点(量刑不当の主張)について。

所論は原判決の量刑が重きにすぎて不当であるというので、原審記録及び当審における事実取調の結果に現われた量刑の資料となるべき本件犯行の動機、態様等のほか被告人の前歴についてみると、被告人は昭和三五年一二月九日現住建造物放火未遂罪により懲役二年六月、三年間執行猶予の判決を、昭和五二年五月二七日本件と同種事案による売春防止法違反罪により懲役一年六月、罰金三〇万、懲役刑につき四年間執行猶予の各判決を受けながら、なおも反省自重することなく本件犯行に及んでいるものであつて、本件場所提供の期間、回数、利得額等からすれば、その犯情は重く、被告人の刑事責任は軽視できないから、犯罪後における本件家屋の処分、被告人の資産状況、健康状態等所論が指摘する諸点を被告人に有利に斟酌考量しても、原判決程度の量刑はやむをえないものであつて、これをもつて不当に重いものと考えることはできない。この論旨も採用できない。

よつて、刑事訴訟法三九六条により、本件控訴を棄却し、なお刑法二一条に従い、当審の未決勾留日数のうち一〇〇日を原判決の本刑(懲役刑)に算入することとして、主文のように判決する。

(裁判官 杉島廣利 富永元順 谷口彰)

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